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2011年9月の記事

2011年9月28日 (水)

宗像大社

気になったら直ぐ行って見る!。

ということで 宗像大社に妻と参拝してきました。

野風ムラから片道120キロの距離でしたが、日田から古賀まで高速道を走れるので

2時間半で到着できました。

Dsc02178

宗像大社は予想以上に質素で落ち着いた雰囲気の良い大社で しかも

今日は参拝客も少なくゆっくりと境内を巡ることが出来ました。

特に高宮の雰囲気が最高で癒されました。

Dsc02176

また 国宝8万点以上が納められているという 大社宝殿もじっくり見学できました。

その中に 田心姫を祀る神島・沖の島を縮小した展示がありましたが 

その社殿周りの巨石群の配置が 押戸石岩の細長い配置とダブって見えて

何かしら共通する物を感じました。

また境内にある「楢」の神木も押し戸周辺の楢の木とダブりました。

Dsc02158

宗像大社の社紋は楢の葉に菊花紋が重なっているのは意味深く感じます。

帰りも同じ道を通りましたが道中 宗像市も良い土地のエネルギーを感じられますが

小国に着くとさらに高天原的なエネルギーを感じます。

古代に力を持っていた宗像族は火の山「阿蘇」を目指して 

この小国にも何らかの関係を持ったかも知れないように思いました。

Dsc00665

2011年9月26日 (月)

夢?未来の聖地

Dsc09872

先日から数回 「押戸岩開き」について書いているが 

今思っているのは ここを縄文の聖地として開くだけではなくて

「未来の聖地」としての意味も持たせて開くことが出来れば ということである。

それには これから(新時代)の思想、哲学をしっかり組み立て

それと押戸石の丘を強く結びつけて 新時代の聖地の一つとして示すことだと思っている。

新しい時代の方向性が感じられる聖地(パワースッポット)の創出である。

夢が大き過ぎて実現出来るかな??  

でも存在がその様に望んでいたらきっとその様になるでしょう。

ところで世界人口の変化を見ると今の世界の異常さが少し読みとれます。 

http://www.google.co.jp/imgres?imgurl=http://www.iae.or.jp/energyinfo/energyfig/fig1004-1.gif&imgrefurl=http://www.iae.or.jp/energyinfo/energydata/data1004.html&h=346&w=588&sz=4&tbnid=I2TBGE4CRcLovM:&tbnh=79&tbnw=135&prev=/search%3Fq%3D%25E4%25B8%2596%25E7%2595%258C%25E4%25BA%25BA%25E5%258F%25A3%2B%25E6%258E%25A8%25E7%25A7%25BB%26tbm%3Disch%26tbo%3Du&zoom=1&q=%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%BA%BA%E5%8F%A3+%E6%8E%A8%E7%A7%BB&hl=ja&usg=__gSVBPKLJLM9eDgEXAN-YP3cTxjA=&sa=X&ei=e3eATt-EL8XSmAWk99GjBQ&ved=0CCAQ9QEwBQ

近世(1600年頃から)になって人口爆発が起こり 地球環境破壊も

急激に進んで 311が終わりの始まりを予感させるようでもあります。

ここで人類は立ち止まり 自然と人が共生できる新しい思想、哲学を開いて

それを根底にした新しい時代(文明)を築く必要があると思います。

中世以前はこの世界の背後に見えない存在(神)がいて その魂がこの世界の全てのものにも宿っている。 その様な考え方が根底にあって人々は自然を畏れ敬い 貧しくも世界に対して謙虚に生きていたのではないでしょうか。 (神)一元論の世界。

近世は1600年頃、デカルトの心身二元論によって始まったと言っても過言ではないような気がします。 (心、神)と(身、物)を分けたことで自然に対する恐れが無くなり 自然支配を目指し 自然科学、経済学の発達がめざましく 人々は急激に便利で安全な世界を構築してきました。   しかしそれは人口爆発と自然環境破壊をもたらし 前記した311でそろそろ限界が見えてきていると思います。

もし人類がこれから先も豊に生き残るとすれば 一元論 → 二元論 →

から(絶対的)全体論の世界だと 私は学んでいます。

(神)一元論(古代、中世)の世界に戻るのではなく (神物)二元論の先に進む(進化)が

とても大切だと思います。

全体論についてはまた・・・つづく(^^)   

2011年9月25日 (日)

押戸石レイライン?

020

押戸石の丘のストーンサークル中央付近にある祭壇石?。

この石の前に立って北方を望むと美しいピラミッド形の山が見える。

その山の名前は「渡神岳」で 名前の通り神がその奧から渡ってくると

その正面に祭壇石があり さらにその後方には火の山阿蘇山が控えている。

この3地点は直線上レイラインにある。

昨日 九州地図を広げてこのレイラインをさらに延ばしてみたら

面白いことに気づいた。

渡神だけの先には「宗像大社」があり、阿蘇山の奧には高千穂(秋元神社)、

少しはずれているが幣立神宮(阿蘇中岳を挟んで押戸石の反対側)がある。

しかも 渡神岳ー押戸石ー阿蘇山ー幣立神宮 

はそれぞれに殆ど同じ距離になっているて偶然でも面白い

結局 宗像大社ー渡神岳ー押戸石ー阿蘇山ー幣立神宮 という

レイラインが見える。

さらに このレイラインに感じるのはシュメール・レイラインである。

宗像族とは海人族で航海の民であるので シュメール文字の伝播にも

関わっていたのではと ちょっと思ったりしています。

そして 押戸石、幣立神宮、いずれも古代シュメール文字が見つかっている。

20数年前 押戸石にシュメール文字が発見されたとき 

発見した研究者をこの丘に案内したのは 地元に住む宗像姓の人でした。

小国地方には宗像姓は隣接してこの2軒あるのみです。

偶然にしては出来過ぎているようにも思えます。

他にも 2年前押戸石の近くに娘のお店、「カフェ果林」の開店準備をやっている頃

数名の方が何故か5種類の祝詞を持ってきてくれました。

その中の一つに 宗像三女神の祝詞もあってずっと 

なぜ宗像大社の祝詞が?と思っていたのですが 

ここに来て少し解ったような気がしています。

シュメールー宗像大社ー渡神岳ー押戸石ー阿蘇火山ー幣立神宮 レイライン??

押戸石の丘とレイラインもっと楽しい発見があるかも知れません楽しい 

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2011年9月23日 (金)

たかあまはら

先日 南小国で開催した「陽 信孝先生」講演会の後も、 

先生は2度ほどこの町に立ち寄られました。

1度目の時、友達と押戸石の丘にも案内しましたが 

その時のことを素晴らしい短歌にして 今回持って来てくれました。

先生は山口の萩にある神社の神主さんでもあります。

Dsc02154

「 神降る(かんなぶる) 押戸の岩に たたづみて

  風のうなりは 嶺を渡るる   雲陽 」

その時先生は岩に立ちて言霊を発しましたが

それは 神様用意が出来ましたお出ましください の合図の言霊とのこと

押戸の岩戸開きにはグットタイミングです。

昨夜は 押戸岩開きの提案を町であった仲間の会合で発表し

賛同を得られたので 「岩戸開き」いよいよスタートです。

 

2011年9月20日 (火)

台風被害心配ですね

近頃の台風は 気圧配置の影響で動きが遅く 

大雨による被害が拡大していますが

今日から明後日にかけて 台風15号の影響が心配されますね。

前の台風で被害があった 紀伊半島の土砂くづれダム湖決壊が

特に心配です。

これら多くの箇所で起きた山崩れの場所は 

その多くが荒れた人工林(杉山)で起きているように思えます。

間伐が遅れて荒れた人工林の山の杉は 根の張りが無くて

土を掴む力が弱いので その様な山は強い雨風に耐えられません。

本来は杉、ヒノキを植えてはならないような急斜面にも 戦後の拡大造林政策で

杉を植え、それを切る頃には商社などの外材輸入拡大で、国産杉の価格が急落。

結局 杉人工林の手入れが疎かになって 今回のように山が崩壊して被害を出している。

これって 本当は人災でもあるように思います。

Yafunomori0851                野風ムラの手入れされた針広混交の杉林

台風15号は明日から速度を上げて日本を縦断しそうですね。

最大風速も「非常に強い」に発達していますので それに台風の通過速度

が加わると さらに風速が強まるかも知れませんので要注意ですね。

被害が最小限に済むように祈っています。

福島原発事故もまだ収束しているわけではないので

 台風の直撃を受けないことを祈ります。

2011年9月18日 (日)

日輪

今日は午前中 東京からのお客さんを「水巡り旅」に案内しました。

阿蘇の大自然の素晴らしさを感じていただけたようである。

昼には 熊本の植物や野草観察会の御一行さん70名が

野外観察会の途中に昼食・トイレ休憩で 野風ムラに立ち寄って行かれました。

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ということで朝から2時頃までドタバタ忙しい一日でした?

昼には丁度 皆さんの頭上には日輪も現れていました。

Dsc02150

夕方には山口から「友達の友達家族さん。」が訪ねてきて茶会!

夜にはこれまた大阪の「友達の友達夫婦さん」が来て野風ムラ泊まり。

連休はやっぱり少し賑やかです。

野風ムラの稲も今年は順調で、豊作の秋になりそうです。

収穫は来月中頃になります。

Dsc02145

2011年9月17日 (土)

吉兆? 岩戸開き

9月になって「押戸石の丘」との繋がりが多くなっていて、

明日はまた お客さんを案内することになっている。

今日、野風ムラでは午前中 栗拾いをした後に いま東京大学に研究員として来ている

アフリカ人の方の訪問があった。  日本の農業協同組合(JA)組織に関心があって

JA組合員でもある私に JAとの関係等、聞き取り調査のためでした。

面白かったのは通訳さんが一緒に来たが 彼は日本語が上手(日本生まれ)で

今小国に住んでいるイギリス人 。

国境、肌の色、文化、それぞれに違っていても違和感無く

色々楽しく語らいました。  

それに2人とも野風ムラを気に入ってくれたみたい! 

世界に通用する、嬉しいことです。

ところで 昼からは ひとりで「押戸石の丘」開き計画案作成をやってみました。

広めの今年のカレンダーの裏に その計画案を図も入れて書き込んだ。

この案をたたき台として 22日には町のリーダー仲間4人とさらにしっかりした

案づくりをする予定でいる。

10月に入ったら直ぐに この案は町づくり委員会で発表されて 

皆の賛同が得られたら 町を動かして来年にかけて実行に移ることになると思う。

とにかく 最初の案が今日できたことにホッとし嬉しく感じていたのだが

外に出てふと空を見上げると美しい虹が架かっていました。

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押戸石は水にも深く関係すると思っているので 

この虹に吉兆を感じました。

  

 

2011年9月15日 (木)

瞑想の旅4

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青春時代の気づき・・・

前回、勝負に負けないためには勝負を越える(真の謙虚)ことだと

自分なりに理解したことを書きました。

この頃 他にもふたつほど深い?気づきを体験しました。

一つは、「遙かなる旅」にも書いた小さな美しいスイカの双葉との感動的出会いです。

「 ある日の夕暮れ時、私はビニールハウスの中でスイカの小さな双葉の芽に見入ってしまいました。 黒土を割って地上に出て来たばかりのその芽は、あまりにも純で美しいのです。 双葉を支える長い茎の下の方は 透き通っています。                     それが上の方になるにつれて白くなり、さらに淡いグリーンを帯びてきて、汚れない美しい双葉を支えているのです。その双葉はヒマワリのように西に傾いた太陽に向かって、その葉を大きく広げていました。                                     そこには、自分を育む大自然の愛を信頼して精一杯生きようとする生命の力強さがありました。 それを感じた瞬間、時間が止まり私は体験として 大自然は全ての命を育むエネルギー「愛」であると実感しました。 」

この世界は愛に満ち満ちていて全てはその愛で生かされている! その様に理解しました。

二つめは、・・(ここまで書いていたら今pm10時、部屋の中に珍しくも美しいアゲハチョウ

が飛び込んできました。 傷つけないように外に出しました。)

ある日、学校の寮生活体験で厳しい?体験(よくある)があって独り、直ぐ近くの夜の公

園に出て寝転がりました。  空を見上げると分厚い黒い雲が低く垂れ込めていて ポツ

ポツと雨が涙顔に当たりました。  その時 「目の前のどれほど厚さがある

のかわからないその黒い雲の上には 今も月や星☆がキラキラと輝いている。

人生もきっと同じで これから自分も視界の悪い黒雲の中に飛び込まなければならない

が、上方には光り輝く世界があることを思って 雲の中で左右に動くこと少なく 上に上に

を目指して歩もう」 と思いました。

「 真実の世界は愛に満ちている。 

どんなに苦しくてもそれを抜ければ 雲のない輝く世界に出る。 」

自分にとっての青春時代の良き思い出になっています。 

   

2011年9月13日 (火)

押戸石の丘 案内人・・

本年度は3月12日の九州新幹線全線開通に合わせて

阿蘇では「阿蘇ゆるっと博」が開催されている。

このイベントの中に「押戸石の丘」や「野風ムラ」がある中原地区も

一つの開場になっています。

この開場の案内人に私がなっていて その中で「水巡りの旅」案内もやっていますので

ここ5日間で4日、5組のお客さんを押戸石の丘に案内しました。

その間 自分の仕事が疎かになるので大変ではありますが

期限が来年3月までなので その間は何とかやり通すつもりです。

Dsc01915          

          ( 写真 押戸石の丘で早朝の祈り )

でも お客さんを案内しながらお話をしていると、こちらも勉強になる

情報が多々あって 有り難いことです。

前回日記に 「押戸石の丘」を縄文の聖地、あるいは新時代の聖地として来年までには

世間に開きたいと書きました。

それで この聖地が荒らされないように開く方法を考え中ですが

お客さんの提案なども聞けて 自分なりにその方法が少しづつ見えてきました。

ありがたいことです。

押戸石の丘を新時代の世界に向かって、その聖地として開けるように

これから頑張ってみます。

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私のこの想いが天に通じていれば存在の働きできっとそうなるでしょう。

でなければそうならないでしょう。(-_-;)

だから何も心配することも 気負うこともありません。

ワクワク楽しみながら進むだけです。

2011年9月11日 (日)

天の岩戸開き?宣言

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天の岩戸開き!の時節到来。 

いよいよ天の岩戸の押戸開きの時節が近づいています。

縄文の聖地「押戸石の丘」が世間に開かれる時 世界は変わる。

今年から来年にかけて 「押戸石の丘」を開きます。

縄文の聖地は、これからは新しい時代の聖地として

日本だけでなく世界から注目される聖地となるでしょう。

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それに耐えうる聖地としての整備をこれから

多くの方の知恵を借りながら、やっていきたいと思っています。

私が本気になったとき押戸石の丘は開かれます。

時節到来です。

・・・自分に活を入れるために宣言!

2011年9月10日 (土)

瞑想の旅3

前回はあやしい話しだったので今回は子供の頃から^^;。

10年ほど前に我が家の倉庫で懐かしい小学生時の成績表を見つけました。

その中に少3の時のもあって、担任の先生の評価欄が面白かった。

それは私が 「放課後など他に誰もいない教室で、一人自分の席でじっと黙想していて

時々この子は少し変わっているな~と思います。 声をかけると飛び出していって

外で遊んでいる友達の中に入って遊びます」 というものです。

この頃から瞑想の旅が始まっていたのでしょうかね

ところで私は少4の時から剣道を習い始めました。

この影響もあって中学生の頃は「克己(自分に勝)」をよく使っていました。

さらにその頃印象に残っているのは 「自然の美しさ」に

よく感動していたことです。

自然のものは道端のただの小石でも それをよく見つめると

沢山の色が混じり合っていて とても美しく感じて

どんな有名な画家でもきっとこの美しさは描けないだろうと思いました。

「自然のものは全て美しい」そう思っていたのを思い出します。

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高校生になると「克己」という言葉は消えて 

「真の謙虚(自分、我からも一歩引き下がる)」に変わっていました。

それは、剣道の試合で絶対負けないためにはどうすればよいかを

真剣に考えたことがあります。、

その答えは突然、暗い洞窟のビジョンが現れ、その奧から「真の謙虚」

という言葉が浮かび上がってきました。

このビジョンを見て 絶対負けないには勝負にとらわれる二元世界から

勝負を越えた一元世界に意識を置(心境)くことだと理解しました。

この理解でその後試合に出場したときは 私は強かったです!(^^)!。

剣道八段で師範の先生から、この時の私の試合ぶりを見て試合後、

「ぬしは 試合のコツを知ったな!」と言われました。

私にとって剣の道はこの後 禅や瞑想により深く繋がっていきました。

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2011年9月 5日 (月)

瞑想の旅2

自分の瞑想の旅は何時頃始まったのだろうか?

前々回のブログには野風曼陀羅?の図を載せたが

その中心には瞑想を置いて周りに生活(世間)を配置してある。

それは世間と瞑想のバランスある生き方を目指した図になっている。

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ところで15年ほど前、「遙かなる旅」にも書いたが

インドの和尚ラジニーシの弟子でアメリカ人女性、ワドゥーダから

「チャクラ・リーディング」セッションを受けたことがある。

その中で彼女は私の過去世について語ってくれました。 その内容は   

 「あなたはチベットでの過去世体験もあり その時は寺院で誠実に

瞑想修行を積み、精神性を高めていきました。

しかし、貴方は寺院の中の瞑想だけでは満足せず時々、寺院を抜け出しては

世間の中で生きることも試みました。

あなたは、瞑想と世間の統合に意味を見いだそうとしたのですが、

その試みは妨害されて、その生で新しい道を切り開くことは出来ませんでした。

その後、幾生も重ねながら、貴方は瞑想と世間の統合を達成しない限り

満足できない道を歩んでいます。」

この様な内容だったのですが 奇しくもというかやっぱり

野風曼陀羅図は瞑想と世間の統合図となっている。

私に本当にチベットの生があったとしたら 勘ですけど(^^;)たぶん

700年ほど前じゃないかと思っています。

と言うことで、転生があることを信じるとすれば 

自分の瞑想の旅の始まりは・・・・。 

つづく  

 

2011年9月 3日 (土)

瞑想の旅 1

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42歳の頃 インド旅から帰ってしばらくして

野風ムラ内にピラミッドの瞑想ハウスを手作りで建てました。

その頃は元気もあって 一人で正味20日で完成させることが出来た

  

さらに怖いもの知らず?で「遙かなる旅」という題名で 

自分のそれまでの人生体験を綴った自費出版本も出しました。

この本は瞑想ハウスで仕事の合間に2ヶ月ほどで書き上げました。

この本を書き上げて後で気づいたことは 

自分の体験や考えを文章にしっかりまとめて本にすることは

 結局それを一番繰り返し目にし読んでいる自分の潜在意識に

今世の自分の生き方を刷り込んでいる作業だということです。

もし転生というものが在れば

この刷り込みがよりしっかりしていれば 次の生ではこの生を土台にして

さらに先に進められるのではないかと思っています。

前回本を書いてからさらに一五年ほどが過ぎ 

この間も沢山の体験や気づきがありました。

そこで これから野風ムラ(私)の中心にある瞑想について

体験、気づきを少しばかり綴ってみたいと思います。

上手くまとめることが出来れば 自分の内側にしっかりインプット

出来るかも知れません その自信は20%くらいですが

このブログでちょっと挑戦してみます

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2011年9月 1日 (木)

野風曼陀羅?

というか 野風ムラシンボルマークを描いてみました。

Dsc02136

マークに色を付けることで より鮮明に自分の内側に

これからの野風ムラ完成イメージを刷り込み出来そうです。

野風曼陀羅では中心は紫色で瞑想です。

それを取り囲むライトブルー 水 、その周りに6個のカテゴリー。

一番上に農業 太陽の恵みをイメージして黄色。

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その下段左右に緑の森と茶(土)色で陶芸。

その下段の左右にはワークのピンク色とカフェ(食)でオレンジ色。

最下段は宿で肌色。

その周りは宇宙をイメージしてブラックにし、

さらにその周りを赤で囲って 一つの世界のイメージとしました。

この曼陀羅を内側に掲げ続けることで 

野風ムラもさらにより良くなって行くでしょう

今日は東京からフリーペーパーの雑誌社の取材を受けました。

取材に耐えられるような素敵な野風ムラを造っていかなくっちゃ!!

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