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2019年11月23日 (土)

思い出の人 アカムパ

10年ほど前 野風ムラを2,3度知り合いと訪れて一緒に泊まってくれたアカムパ!

(アカムパとはインドのOSHOラジニーシからもらったサニヤス名で 純粋の日本人です。)

アカムパは放浪の人というか 世界中を旅してまわっていました。

訪れた国は南極まで含めて118か国ほどになるそうです。

そんな彼は野風ムラを訪れた2年後(2009年12月) 南米の旅の途中で不慮の事故で亡くなってしまいました。

私は亡くなる数日前の元気な様子を 彼のmixiでの書き込みと写真で見ていたので かなりショックでした。

そして10年過ぎた昨日、「アカムパの世界放浪(旅)日記」という本が家族によって出版され 1冊贈呈を受けました。

あとがきに妹さんが 「この本は、兄がホームページ上に載せていた気ままな旅日記をまとめたもの・・・」とあります。

それだけに アカムパの素がそのまま出ていて より思い出深くまた 彼と私の新たなつながりも感じることができました。

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私とアカムパの初対面は・・・ 私はその時 野風ムラの田んぼの中で田の草取りの最中でした! そこに

通りかかった車から 明るい表情で背の高いロングヘアーの日に焼けた男性が降りてきて挨拶を受けました。

私はそのアカムパを見て 「日本人離れしている!これは完全にチベット人だ!!」と思いました。

それほど強く感じたのは その数か月前に 熊本を訪れたダライ・ラマ法王の講話の会で見た 付き人のチベット人と

あまりにもそっくりだったからです。

そんなアカムパと宿泊中 お茶を飲みながら話をしていると、とても親近感を感じました。

今回 彼の旅日記を読むとやっぱり 私とアカムパは縁があったんだと思います。

本の中で OSHOが名付けたアカムパの意味は「動じない」とのことで 彼はこの名前に最初は

あまり好きではなかったようでしたが その後 東チベット=カム地方を旅した時にチベット人からも

「おっ、君はカム人か?」と言われるくらい チベット人に似ていました。

私が初対面で「チベット人がやって来た!」と思ったのも無理はありません!!

カム人=カムパは勇敢な人が多く 中国がチベットを侵略した時、ダライラマを護衛した戦士の部族がいて

それがカムパだったそうです。

ちなみに 中国のチベット侵略は1949年でアカムパが日本に生まれたのは1960年です。

カムと言えば 私が瞑想の終わりに暗唱する 私の根本の師「ガルチェン・リンポチェの長寿の祈り」の

中に リンポチェの前世の下りがありそれは「聖地(インド)においてはアーリャデーバなり、

カムのガル家にチョディンパと生まれ、ジクテンゴンポ(ディクン・カギュの創始者)の法嗣(ホッス)となりたもう

尊きガルチェン百劫おわしませ」でカムの地名が出てきます。

現在私が師と仰ぐ ガルチェン・リンポチェ師&その高弟のドルジェン・リンポチェ師もカムの地に生まれています。

さらにアカムパはディクン・カギュ派の本山で僧たちに交じって瞑想も経験しているそうで 

私にとってもより近しい人にあらためて感じました。

今回の生でアカムパは自分の内なる旅より 外側への旅で多くのエネルギーを使っていましたが あとしばらく生きていたら

それを卒業して 内側への旅で究極の宝を発見していたかもしれないと思いました。

アカムパとは未来世のどこかで生のリズムがあったら また出会えたらいいなと思います。

 

 

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