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2019年12月の記事

2019年12月19日 (木)

誕生

先週 地区の同級生仲間たち(9人)とレンタカーを借りて 鹿児島に1泊で旅をしてきました。

出発と同時に車の中でビールで乾杯! 途中の昼食では食べ放題のレストラン!

夜は料亭で芋焼酎で乾杯!!  私は普段は小食なのに、皆に合わせようと飲み食いしたので

翌日は朝から 胃のもたれ、胃痛があって結局 回復するまで2日ほど殆ど断食状態でした。

他の仲間たちは私よりたくさん食べて飲んでもケロッとしているのに 私にとっては暴飲暴食の旅になりました。

昨年末から年明けにかけての断食挑戦もあってか 身体がだいぶ敏感になっていること忘れていました。

 

ところで 誕生について和尚ラジニーシのことばから

「 人は生まれることもなく、死ぬこともない。どちらも幻想だ。確かにそう見えるが、それは薄暗がりの中で

縄が蛇のように見えるのと同じだ。暗い小道を歩いていると、突然、蛇に出くわしてぞっとする。だがそこには、

縄が1本落ちているだけだ。明かりさえあれば(ロウソク一本でもよい)もはや蛇は見当たらない。

最初から蛇などいなかったのだ。

誕生は蛇に見えた縄と同じように幻想だ。 そして誕生が幻想だとしたら、もちろん死も幻想だ。

あなたはけっして生まれることはなく、けっして死ぬこともない。あなたが肉体に入ったことは確かだ、

それが誕生だ、 そしていつの日か肉体を去る、 それが死と呼ばれるものだ、 

だが「あなた」に関するかぎり、あなたは誕生前から在ったし、死んだ後にも在るだろう。

生が誕生と死によって限定されることはない。多くの誕生があったし、多くの死があった。

誕生と死は、生の永遠の中では小さなエピソードに過ぎない。この永遠性に気づいた瞬間 (永遠性とは

「いま」の別の名前、この無時間性のことだ) 死に対するすべての恐怖 すべての不安が

ただちに消えてなくなる。 朝日の中で消えてゆく水滴のように。 」

 

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2019年12月 5日 (木)

眠り

12月になり寒さが増して 野風ムラの紅葉もほとんど散ってしまいました。

私は1週間前から鼻風邪をひいて体調を崩していましたが、薬の「葛根湯」、

それに栄養剤に朝鮮人参の高~いドリンクを数日飲んで やっと回復してきました。

 

ところで一昨日 夕方にちょっとだけ気になる出来事があって その晩の眠りは嫌な夢を見たりで久しぶりに

寝苦しい睡眠になり 目覚めても不快感がありました。

眠り直前の気分が 目覚め直後の気分にしっかり連動しているのを強く理解しました。

私はここ数か月 寝るときには布団の中でチベット仏教で唱える 帰依の祈りやマントラを唱えながら眠りについています。

そして朝目覚めたらまた自然に おなじ気分で祈りを唱えることができて一日が始まっていたので

そのギャップにより 強く感じたのだと思います。

 

昨日 和尚ラジニーシの本を読んでいたら 眠りについて書かれていました。

「瞑想しながら眠ってしまったら、瞑想はその人の無意識の層の奥深くまでこだまし続ける。

祈っているときに眠ってしまったなら、祈りは微妙な形で続いてゆく。

こんなことを観察したことはないだろうか? 夜の最後の思考が朝の最初の思考になる。それを見守ってみなさい。

眠りに入る前の、最後の、いちばん最後の瞬間を。 あなたはちょうど境目に立っている。

最後の思考は常に、あなたがまた境目に立って、眠りから出てくるときの最初の思考になる。

すべての宗教が就寝前の祈りを勧めてきたのはそのためだ。

それは人のハートの中に深くしみ込んでゆく。

それは一晩中、芳香のようにあなたのまわりにとどまっている。

それはあなたの内なる空間を満たし、朝、目覚めるときに、再びそこにある。」

 

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