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2020年1月 9日 (木)

慈悲心

正月気分もすっかり抜けて 今はまた山仕事に励んでいます。

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この冬は 極端な暖冬で仕事もはかどり 今月中には何とか無事に間伐作業が終わりそうです。

 

ところで近頃は「慈悲」という言葉がいつも気になっている。

夜中にふと目覚めた時にも直ぐ 「慈悲」という言葉が思い浮かぶので多分そうだろうと思います。

(慈愛=慈しむ心、愛おしい心  悲心=哀れむ心) 

何を哀れみ慈しむのかといえば、それはこの輪廻世界で、我があるとの誤った思い込みから我執(煩悩)が生じ来て、

多くのトラブルを抱え込んで苦しみと迷いの中で生きている 私も含めた無明の一切衆生(命あるもの全て)です。 

このことを少しでも理解できるようになってくると

ここで菩提心(他者を助けて幸せにしたい)が生じてくるように思います。

利他心は我執、煩悩を焼き尽くす炎である(ガルチェン・リンポチェ)

利他心は他者の助けにもなりますが いつか自分の究極の幸福を得ることにも繋がります。

全てに原因があって結果があるのであれば 

果としての自分の本性(不二の智慧、ブッダ、虚空,光明)に目覚め,住するには

因としての菩提心、慈悲心からの実践が必然となるのでしょう。

「菩提心なる最勝宝 まだ生ぜずば生ずべし 生じて減ずることはなく ますます増大せんことを」

思えば 阿弥陀如来も観音菩薩もしろターラ菩薩も仏陀も全ての応身菩薩も

輪廻世界の衆生を最後の一人までその苦から救うと決心している 慈悲の化身たちですね。

二年前、チベット仏教リトリート参加の時に ドルズィン・リンポチェ師と一緒の食事中に

リンポチェが「チベット仏教の根本の教えは何だと思いますか?・・それは慈悲です」と話されたことが

今頃になって少し理解できるようになりました。

 

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