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2020年4月 4日 (土)

森の復活 4

先週 筑波大学から生命環境系科の教授と学院生の2名が野風ムラを2泊3日で訪れました。

それはグリーンツーリズム研究の為で、野風ムラを含めて南小国町内の

数件の民泊農家などから聞き取り調査を行っていました。

野風ムラでも家族全員からそれぞれに聞き取りをしていました。

私はこの聞き取りを受けることで、改めてこれまでの野風ムラや南小国町づくりについて

考える良い機会を得たと思います。

そして さらに私達のやって来たことが 

これからの新しい時代の方向性を示しているようにも感じました。

それはまず 森の復活 です。

森を復活させるには 自然に近い形で木を植え始めることです。

そこから新しい時代が開かれる そう感じた私はお二人に何かの参考になればと思い

「日本で最も美しい村」新聞の 南小国特集版を紹介し また

「木を植えましょう」正木高志著の本をプレゼントしました。

 

私の隣町に住む正木氏の本の中に

・・・・・・・・・・・・・・・

ある日、自分にとって一番うれしいことは何だろう、と考えてみました。

答えは、「花や鳥にかこまれて暮らすこと」でした。 次に、花や鳥たちが

いちばん喜ぶことは何だろうと考えてみました。 答えは、「森がよみがえること」

でした。 森が復活すれば鳥のねぐらができ、けものたちの食べものがふえ、

虫のすみかが広がり、魚たちも元気を取り戻すでしょう。

文明は、まるでノアの洪水のように、地球上の森を押し流してしまいました。

土を手にとれば土は疲れ、空を見上げれば空は疲れ、地を這う虫も、

空飛ぶ鳥も疲れています。川は疲れ、海も疲れ、魚たちは鱗の輝きを失い、

人々は疲れて、救いといやしを求めています。

今日の子供たちに訪れる春は、まさしくレイチェル・カーソンが予言した「沈黙の春」です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

正木氏はこのように感じて2000年3月、裏山の国有林に「森の復活祭」として

多くの賛同者と一緒に 20種類以上の雑木を植え始めました。

木を植えながら正木氏は理解しました。

・・・・・・・・・・・・・・・

古い文明は森を破壊することによって築かれました。 そして森を破壊しすぎたために

行き詰ってしまったのです。 それならば、代わるべき新しい秩序とは森をよみがえらせる

森の文明ではないでしょうか。   

木を植えましょう。 そうすれば、新しい森が生まれます。

その新しい森こそ、新しい秩序です。

新しい文明は新しい森に築かれるでしょう。

新しい歴史は新しい森に誕生するでしょう。

新しい時代が来れば、人々が自然を大切にする、木を植えるようになる、

というのではありません。 木を植えるところに新しい時代は誕生する。

木を植えることが新しい時代なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

とても素敵な考えですね。  正木氏は2000年に木を植え始めました。

私の町では1986年それまで閑古鳥が鳴いていた黒川温泉で

私と同年代の若者たちが 温泉街&その地区内に雑木を植え始めました。

そしてその木が大きくなり森が成長すると 日本で一番人気の温泉地になりました。

森と共生した黒川温泉となりました。

私は1990年に野風ムラに雑木を植え始めました。

そして、これまでに700本ほどの木を植えてきました

木を植え森を作ることで癒しエネルギーの高い空間、

「野風ムラを」作りたいと思ったからです。

森が育つにつれて たくさんの虫や鳥、動物たち、森の植物が訪れるようになり

野風ムラは賑やかになりました。 そして 思いがけなく私の子供たちも還ってきました。

森の中でカフェ果林をオープンし たくさんのお客さんも訪れるようになりました。

子供たちは結婚して 今私は4人の孫たちにも囲まれ賑やかに生活しています。 

 

小国郷(南小国町、小国町)には20か所以上の温泉地がありますが 

今ではそのほとんどが黒川温泉に倣って 雑木を植えて森を育てています。

出口王仁三郎が「ここは 天国にある村に似ている」と言った(予言?)した村に

少しは近づいているのでしょうか。

 

 

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